4月, 2011年
合理的
「合理的」且つ「建設的」な思考は、「生きていく」事や
「仕事をする」事においてはとてもよい作用があると思います。
それが仕事が出来ると思われる要素であったり、世渡り上手の秘訣でもあるとも考えています。
しかし恋愛においてはどうなんでしょう?
その当時の彼は「合理主義」の人でした。
それは良いのですがそこの中に常に「損得勘定」があったんです。
デートをしていても「こっちのが得」「これやっておけばデートとしては成り立つでしょ?」
という姿勢での恋愛でした。
合理的であろうと私に対して愛情を持って接してくれているのならば、OKだと思っていたのですが
関係を続けていくと、恋愛と言うよりも‘ビジネスライク‘な感じがするようになっていきました。
彼は
「とりあえず」彼女を作っているだけじゃないのかな?
そんな不安も生まれました。
たまには合理的じゃなくて、少し遠回りしたって楽しみたい。
そんな事をいっても
「お前馬鹿だなあ~」とハンドル片手に呆れ顔の彼。
恋愛に合理性と損得を絡められたことで私は恋愛気分ではなくなっていきました。
もちろん、そんな彼を受け止め切れなかった私の器の小ささもあるとは思いますが・・・。
結局、彼と私は上手くいかなくなり、
喧嘩の絶えない状態になってしまい、「お互い違いすぎている」
という事で別れる事になりました。
行っていいよ
「行っていいよ」
私は彼にそういいました。
あまりに簡単に出した答えに彼は少し不服そうでもありました。
彼は海外に3年ほど行かなくてはならないという事になったんです。
彼はかなり迷っていました。
私は私の仕事があったので、付いていくわけには行かなくて・・・。
彼は「私といたいから日本に残る」か
「仕事のスキルアップの為に海外へ行くか」と迷っていたようでした。
私に相談を持ちかけられたとき、もう彼の中では答えが出ているような気がしたんです。
彼が仕事に対して常にひたむきに頑張ってきたのも知っていましたし、
自分の仕事に対して誇りも持っていました。
だからこそ彼は「行く」だろうと思ったんです。
ここで私が
「行かないで」と泣いてもきっと彼を戸惑わせてしまう。
そう思ったので「行っていいよ」と言ったんです。
「自分の為に頑張って欲しいの」
そういうと彼は黙り込んでしまいました。
3年待ってくれと彼はいいませんでした。
それは私が待てない事を知っていたからです。
「行っていいよ」は私の別れの言葉。
彼はちゃんと分ってくれていました。
彼は彼らしく。
私は私らしく。
その結果がこうなってしまったのならば、それも仕方ないし
それが運命なんだと思いました。